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安楽死への医師の関わりとは

医師と安楽死とは

医師の安楽死を認めるかどうか

先日、アメリカでの医師のもとでの安楽死があり世界中で反響が大きくありました。ただ、賛否両論ですがそれが自分ならどう考えるかは違う問題です。仮に、余命宣告をされている場合最後まで頑張るのが人間としての生き方と捉える人が多くいます。しかし、実際にその立場になるとそんなに強い人ばかりではありません。確かに、現在の日本では医師が関与する安楽死を認められていません。仮に、それを行うと殺人として扱われます。人間の生きる意味は、やはり死を迎えるときまで生き抜くことです。それを、理由があるにせよ途中で断ち切ることは生きてきた意味とは反するように感じます。安楽死には、さまざまな意見がありそれは当然だと思いますが、残された家族にはやはり残念な気持ちになります。命は、自分だけのものではありません。自分の命だから、好きにしていいというのは、間違いです。せめて、延命措置はやめてもらい最後は自然に任せるのが今の日本でできる尊厳死です。

医師が安楽死を行えるかどうか

医師になるときは誰しもがヒポクラテスの誓いを立てます。この誓いには医師としての様々な行動規範が示されていますが、その中に患者の害になる行為はしてはならないという誓いがあります。その誓いに相反するのが安楽死と言う問題です。例えば寝たきりになった高齢者や末期がんで痛みに苦しんでいる患者などは、人間としての尊厳を持っているうちに死にたいと願うケースもあります。そんなときに浮上するのが安楽死と言う考えです。医師による安楽死処置を行える国と行えない国とが世界中に存在するため、住んでいる国によって考え方はそれぞれです。またアメリカの場合は国内でありながら州によって法律が異なるため注意が必要です。患者本人の意思を尊重するほうが良いという考え方にも一理あり、人間の寿命を第三者がコントロールするのは倫理観に反するという考え方にも一理あるため、世界中で論争が巻き起こされています。簡単に答えが出ない問題だからこそ、医療の現場で働くもの・治療を受ける側双方の意見を交わしながら最適な解決策を見出すことが出来ると良いでしょう。

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